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「ソーシャル・イノベーション」に必要なことは?
龍谷大学発のソーシャル・イノベーターと中森政策学研究科長が伝授【前編】

[ 2024.3.19 更新 ]

同世代の仲間として力になりたい思いから起業

株式会社革靴をはいた猫 代表取締役 魚見航大様
政策学研究科 中森孝文研究科長

「ソーシャル・イノベーション」に必要なことは?龍谷大学発のソーシャル・イノベーターと中森政策学研究科長が伝授

-まず『革靴をはいた猫』について、ご紹介いただけますか。

魚見さん(以下魚見):『革靴をはいた猫』は、靴磨きと靴修理、それらの再生販売をおこなう専門店です。モットーは「一度磨いた靴は一生面倒をみる。靴磨きは心磨き」。そして、私たちの最大の特長がインクルーシブ(誰も排除しない)、ノーマライゼーション(多様な人が補い、活かし合って暮らす社会こそノーマルな社会であるという考え方)な社会をめざし、障がい者の就労支援と雇用創出に取り組んでいることです。お店では障がいのある方も、そうではない方も「職人」として共に働いています。

-では、起業に至る経緯を中森研究科長とお話ください。

魚見:龍谷大学政策学部在学中の2017年に『革靴をはいた猫』をスタートアップしました。当時、障がい者の就労支援をする「チーム・ノーマライゼーション」というサークルに属しており、その活動の応援文を書いてくださったのが中森先生です。私は中森先生の『地場産業論』という講義を受講していたのですが、学びの内容が本当に面白くて。さまざまな企業、社会の動きを多角的に捉えて考える力を養うことができ、その後の起業という選択肢にもつながりました。

中森研究科長(以下中森):そうでしたか。私は魚見さんが起業すると聞いて大変うれしかったことを覚えています。

魚見:ありがとうございます。私は在学中に学生が主体となって教職員と一緒に地域社会の課題解決をめざす実践型プログラム「Ryu-SEI GAP」に取り組んでいました。その一環として地域の農家の方が作る無農薬野菜のケーキを龍谷大学深草キャンパス内にある「カフェ樹林」で販売することになりました。

中森:「カフェ樹林」は龍谷大学と社会福祉法人向陵会様が連携し、「障がい者就労継続支援B型事業所※」の役割を果たしつつ、学生と障がいのある若者、カフェを利用する地域住民の方がつながるプラットホームとして運営されています。そこで、魚見さんは障がいのあるカフェのスタッフと出会ったんですね。 ※さまざまな理由から企業等で雇用契約を結んで働くことが困難な障がい、難病のある方に対して、仕事や人と関わることを通じてより良い生活、生きがいにつながるような機会を提供するサービスや施設。

魚見:そうです。彼らは真面目にカフェの仕事に取り組んでいましたが、「自分たちは実社会に出ることが難しい」「いずれはここを巣立って社会で活躍する大学生がうらやましい」と打ち明けられたんです。障がいのある方の閉塞感、障がい者への理解や雇用・就労環境の不十分さを痛感し、何とかしたいと思いました。

「ソーシャル・イノベーション」に必要なことは?龍谷大学発のソーシャル・イノベーターと中森政策学研究科長が伝授

ソーシャル・イノベーションのポイントは「気づく」「考える」「動く」

-それで靴磨きの事業を始められたのですか。

魚見:そのカフェの店長さんから「障がい者が社会で活躍し、経済的に自立するには本人が技術を身につけることが必要。それには靴磨きが適しているので、協力してほしい」と提案を受けました。店長さんは障がい者の就労や雇用の課題解決をつねに考えておられ、ある日、ご自身が靴を磨いている時、これは障がい者に向いていると思いつかれたそうです。障がいのある方は周りが見えなくなるほど集中してしまうことがあります。ただ、靴磨きのような作業では、決して手を抜かず、徹底的に磨き上げるという強みとなるはずだと。

中森:その店長さんが気づかれたのは、まさにソーシャル・イノベーションの「ポテンシャル」いわゆる課題解決の「タネ」ですね。これに気づくには、つねに社会に目を向け、誰もが普段は見過ごしている課題を敏感に察知すること。見つけた課題について、どうすれば解決できるか四六時中考えることです。考えていなければ、潜在的な可能性、課題解決の方策を見出すことはできません。

「ソーシャル・イノベーション」に必要なことは?龍谷大学発のソーシャル・イノベーターと中森政策学研究科長が伝授

魚見:おっしゃる通りです。私は店長さんの提案を受け入れて、まずは自分が靴磨きの技術を身につけるために大阪のお店に修行をお願いしました。約2年間、靴を磨き続けて学んだことを「カフェ樹林」のスタッフにレクチャーすると、想像以上に熱心に取り組み、みるみる技術を覚えてくれたんです。それで、政策学部の教授会の間に、先生方の靴をお預かりして磨かせてもらったりして腕を磨き、その後、京都信用金庫様の本店や支店で「出張靴磨き」をさせてもらえることになりました。

中森:ソーシャル・イノベーションは、課題解決に向けて情熱をもって試行錯誤をしながら行動することが重要です。魚見さんの修行も、障がいのあるスタッフへのスキルの伝承も、その後の起業も大切な行動ですね。

魚見:はい。ただ、起業については頭になく、靴磨きと並行して就活に取り組み、政策学研究科への進学も検討していたんです。しかし、スタッフの頑張る姿、先生やお客様が喜んでくださる姿に心を動かされ、「みんなと一緒に働いてきたい」「靴磨きを広げていくことで障がい者の雇用の課題を解決していきたい」と、起業を決意しました。

「とことん、ピカピカ」。感動と課題解決を叶える意味的価値

-『革靴をはいた猫』は2018年に京都市役所近くに『革靴をはいた猫 御池店』をオープンされましたね。

魚見:起業後は「カフェ樹林」を拠点させていただいたのですが、スタッフが「自分のお店を持ちたい」と夢を語ってくれたことから出店に至りました。

中森:私は魚見さんが起業して間もなく、「カフェ樹林」を訪ねました。そこで、後に御池店の店長になる藤井琢裕さんが一心不乱に靴を磨いていらっしゃったので、「どこまで磨くのですか」と声をかけました。藤井さんの答えは「ピカピカ」。私は心の底から感動し、これこそがソーシャル・イノベーションが生み出す重要な価値の一つである「意味的価値」であると気づかせていただきました。

魚見:私もスタッフの一途な仕事ぶり、靴磨きのクオリティにはいつも感動しています。

中森:藤井さんのピカピカをはじめ、『革靴をはいた猫』で提供しているのはクオリティという「機能的価値」に加え、誠実さや一生懸命さによって生み出す感動という「意味的価値」です。現代社会は、一秒でも速く一円でも多くという「経済的合理性」の追求と、それによって生み出される「機能的価値」によって快適性や利便性を実現してきました。しかし、これらは環境問題や経済格差といった問題を引き起こしたことも否めません。だからこそ今、「社会的合理性」を追求しながら「意味的価値」を創出・還元し、課題を解決するソーシャル・イノベーションが求められているんです。

魚見:先日、靴磨きの技術を競う大会に出場したのですが、藤井店長は他の出場者より時間がかかるものの、真摯に丁寧に靴を磨いていると特別賞に輝きました。靴磨きの業界だけでなく、お客様も企業の皆さまも、私たちが提供する「意味的価値」を認めてくださっていると実感しています。

「ソーシャル・イノベーション」に必要なことは?龍谷大学発のソーシャル・イノベーターと中森政策学研究科長が伝授

中森:一つの作業に没頭し多くの時間を費やすことは、経済的合理性という視点からは弱みになるかもしれません。一方、靴磨きでは徹底的に磨き上げるという強みになり、感動や喜びを与えられます。そして、経営者はそれに見合った価格を設定することで、ソーシャル・ビジネスとしての事業性を担保できます。

魚見:私は起業して「障がいとは可能性を見限ること」と気づきました。というのは、時計が読めない、切符が買えないといったスタッフが、今では一人で電車に乗って出張先に向かい、時間内に靴磨きを終えて、お店に戻ってきます。障がいに限らず、気づいた社会課題、考えた解決策について、最初から無理だとか、不可能だとあきらめるのではなく、可能性を信じて行動すればソーシャル・イノベーションを起こせるのではないでしょうか。

中森:その通りです。ソーシャル・イノベーションには、自らの固定観念を取り去る、社会の常識を打ち破ることも必要だと思います。

「ソーシャル・イノベーション」に必要なことは?龍谷大学発のソーシャル・イノベーターと中森政策学研究科長が伝授