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Training Program for
Social Innovation Designer

大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム

社会構造の理解なくしてソーシャル・イノベーションは起こせない
「ソーシャル・イノベーション研究」座談会 【後編】

[ 2025.9.18 更新 ]

2025年4月より本格始動した「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム」。前回は「ソーシャル・イノベーション研究」という講義でおこなわれた、買い物難民の問題にソーシャル・イノベーションを起こした移動スーパー「とくし丸」のケーススタディについてリポート。今回は、担当教員である内田恭彦先生と、受講者3名に、ケーススタディを終えた感想や気付き、ソーシャル・イノベーションを学び、考える面白さと意義について語り合っていただきました。

(出席者)

龍谷大学政策学部教授 内田恭彦
専門は「人的資源管理論」と「知的資本経営論」。

龍谷大学大学院政策学研究科 北野嘉秀
トクデン株式会社代表取締役社長。祖父が創業した会社を承継。龍谷大学とは産学公連携によって、インターンシップの受け入れやキャリア形成の講演などの交流あり。

龍谷大学大学院政策学研究科 成松正樹
イオンモール株式会社勤務。商業施設の安全・安心な環境維持や、地域との連携など管理運営業務に従事している。中小企業診断士としての知見も活かし、企業支援に取り組む。

龍谷大学大学院政策学研究科 林 リエ
京都府向日市議会議員。福島県の原発事故に端を発し、福島こども応援プロジェクト「ミンナソラノシタ」を設立。世界の社会問題に取り組む企業を経て、市政に挑戦。

「ソーシャル・イノベーション研究」座談会

「とくし丸」のケーススタディを振り返って、内田先生には何を学んでほしかったか、受講生の方々にはどのような気づきがあったのか、お聞きします。

内田:我々にとってのソーシャル・イノベーションの「一丁目一番地」は、我々は特定の社会構造の基に暮らしていて、多くの人はそれによるメリットを享受しているのですが、中にはその社会構造のメリットを受けられない人がいて、その人たちを救うこと。今回取り上げた「とくし丸」は「車社会・核家族中心などの社会構造ゆえに、車に乗れない高齢者や障がい者など買い物に行けない人のために、食料品を積んだトラックでその地域を訪問し、その場で「スーパー」を開くものなのですが、そのビジネスモデルを学ぶのではありません。そもそも、どうしてその地域の人が買い物難民になったのか、社会構造を考えることから始まります。

成松:この社会構造から社会課題や解決策を考えていくことは新鮮な視点でした。

内田:昨今のスーパーは大型化し、車で買い物が当たり前です。ネットショッピングも浸透していますが、これらを利用できない人もいます。ということは、買い物難民は車中心の道路網整備やITの普及、さらに都市と地方の格差、商店街の衰退など、社会構造のさまざまな影響によって生み出されたことが見えてきます。もちろん、ほとんどの人がメリットを受けているのに、少数の人のために社会構造や社会制度のすべて変えることは現実的ではありません。その時、原因となっている社会構造を鑑み、適切な範囲で適切な社会構造の修正を検討し、「じゃあ、スーパーが訪問すればいいのでは」といった新たな発想や、行政と連携して構造や制度の一部を変えるといったことがソーシャル・イノベーションになるわけです。つまり、社会構造の理解なくしてソーシャル・イノベーションは起こせないと言っても過言ではないでしょう。

:私はソーシャル・イノベーションスクールでも学びましたが、成功事例やノウハウの紹介といった、ビジネスとしての追求が軸だったので、成松さんと同じ新鮮さと共に、やはり大学院の学びはアカデミックだなと感じています。

北野:これまで私は世の中の困っている人に対しては、助けてあげたいという優しさが何よりも大切だと考えていました。ただ、優しさだけでは、課題は解決できないし、社会は良くならない。だから、内田先生の教え通り、どうして困っているのか、社会構造から深く学ばなければと実感しました。

:そうですよね。私の運営するボランティア団体でも優しさは強みでもあり、弱みでもあります。ボランティアはビジネスではないのですが、優しさだけでは団体を持続できないですから。

成松:私は出店者である、さまざまな企業が直面する課題に対応しています。社会課題解決への取り組みは重要ではありますが、事業の継続が不可欠ですので、内田先生がおっしゃるようにすべてを変えることはなかなか難しい。とくし丸のようなソーシャル・ビジネスが一つでも増えていけば、社会は良くなっていくと思いました。

内田:3人とも自分の仕事や経験を踏まえてポイントを掴んでくれていますね。昨今の社会課題は非常に複雑ですし、優しさだけ、ビジネスだけでは、ソーシャル・イノベーションは起こせないでしょう。課題を本質から解決し、持続可能なものにしていくには、社会構造の分析に加え、多様な視点から深い議論を重ね、アイデアを考え合わせていくことも必要だと思います。

多様な視点からの深い議論、アイデアの考え合わせという点においては、3大学連携がプラスになるのではないでしょうか。

内田:龍谷大学と琉球大学は共に政策学の領域が中心ですが、研究・調査対象の主となる地域が京都と沖縄で別。京都文教大学と琉球大学の一部の方々は臨床心理学と領域がまったく異なります。そんな3大学がこの講義で同じテーマを考察・議論するのは、大変効果的です。私自身も新たな知見を得ることがありますね。

:私も3つの大学の受講生が共に考え、学ぶことはこの講義、そして、このプログラムの最大の魅力であり、すごく贅沢だなと感じています。いろいろな人のさまざまな意見は本当に面白いですし、「なるほど」と勉強になりますね。

内田:買い物難民の社会構造の分析も、龍谷大学と琉球大学の受講生は、社会科学的な視点になるのですが、京都文教大学の受講生からは、高齢者や障がい者の孤立や孤独、不安といった臨床心理を起点とした意見がどんどん出てきました。しかも、これらの背景には、核家族化、地方の衰退化といった政策や制度の問題も潜んでいるわけで、同時進行で解決していかなければならないのです。

成松:3大学に加えて、年齢もキャリアも違う受講生が共に学ぶことも、このプログラムならではと感じています。北野さんは経営者、林さんは議員、他の受講生も職種や分野はさまざま。リカレントだけでなく、学部からのストレートマスターの受講生もいますが、誰もがフラットな立場で、遠慮なく意見を出し合えるのもいいですよね。

北野:私は世代的に若い人の意見が刺激になります。中国と韓国の留学生の意見も面白いですよね。中国でも都市化や一人っ子政策など社会構造の問題から買い物難民が増えているとか。

成松:私たちの周りで知らない人がほぼいない、ある大手スーパーと、日本のメガバンクうち3行が沖縄には進出していないことに驚きました。

内田:買い物ができないとか、沖縄においては大手スーパーや都銀がないことによる問題とか、先ほど言った孤独や不安などの心理問題のこととか、結局は、すべて生身の人間のところに現れることなのですね。でも、暮らしているとその社会構造上の原因など知らないのは当然。その地域の仕組みや制度に基づく社会構造に則って生活していることを普段意識することはないからです。だから、そうした問題を解決するためには社会構造をしっかり分析し、ソーシャル・イノベーションを実現することが重要なのです。政治、経済、社会、技術の4つの視点から行うPEST分析、歴史的な推移とその背景の変化を探る歴史分析、対象地域とそれ以外との比較分析と、多方向からの分析を行うことで、目の前にある社会の在り方を相対化して「他の異なる在り方もあり得る」ことを認識し、これまで当然と認識していたことを見直すことが出来るようになります。そうして出た結果について、多様な視点から議論し、それぞれの専門分野や経験を生かしたアプローチでイノベーションを図ります。

では、この「ソーシャル・イノベーション研究」という講義の魅力と、ここで得た知見をどのように活かしていきたいか、教えていただけますか。

北野:この講義で学ぶ社会構造の分析・理解がソーシャル・イノベーションに大切なことを改めて感じています。しかも、こうした理解・分析は他の講義にも役立ちますし、他の講義で学んだことがこの講義にも役立つ。相乗効果ですね。

成松:社会構造の分析というと、高度な感じですが、買い物に困っている人がいることに対して、買い物は車で行くことの方が多いよねといった身近なことから解きほぐしていき、その問題の本質に迫って解決を図っていくプロセスは、私の普段の業務にも活かせると思います。

:この講義、オンラインとはいえ、内田先生から指名を受けて意見を求められる機会が何度もあるので、一瞬も気が抜けないですよね。

北野:そうそう。私は講義中に内田先生を唸らせるような意見を発表することも目標にしていて。なので、講義の後も学んだ事例や社会構造のことをあれこれ考えていて、布団に入っても眠れず、そのまま朝を迎えたことが何度もあります。お酒を飲む量も減りましたね。それぐらい、勉強は楽しい。中学生、高校生、大学生の3人の子どもよりも私が一番勉強していますよ。私に入学を薦めてくださった、政策学研究科の中森孝文先生から「大学院に入学すると勉強中毒になりますよ」といわれたのですが、その域に入ってきているかもしれませんね。

:わかります。私も夜遅くまで勉強したまま、化粧も落とさずベッドに倒れ込んで意識を失ったように眠ってしまうことがたびたび。でも、こんな日々が幸せだし、今を生きている!と実感しますね。

成松:私も仕事に、学業に、と忙しいですが、充実しています。休日も講義や勉強があるので、家族には理解、協力してもらっているし、だからこそ、しっかり学ばなければなりませんね。

内田:ここまで意欲的に学んでくださっているのは、本当にうれしいです。

最後に皆さんの目標と、内田先生からはこの講義、このプログラムで学んだ人にどんな力を身につけて、活躍してほしいかメッセージをお願いします。

龍谷大学大学院政策学研究科 北野嘉秀

龍谷大学大学院政策学研究科 北野嘉秀

北野:ソーシャル・イノベーションの何を追求していくのか、来年に執筆する修士論文に向けても方向性が固まってきました。経営者として社会課題を学ぶ中で、当社が工場を構える地域の人口減少が進んでいることに改めて目を向けるようになったからです。地域が抱えている課題は何か、社会構造の分析から本質を見つけ出し、地元の企業として何ができるのか真剣に考えて、課題解決、地域貢献を果たしていこうと思っています。

龍谷大学大学院政策学研究科 成松正樹

龍谷大学大学院政策学研究科 成松正樹

成松:「ソーシャルイノベーションデザイナー」としてはもちろん、中小企業診断士としても、社会課題の解決と経済成長の両立を図る企業を伴走支援していくことで、社会が良くなっていくことをめざしていきたいと思っています。そのために、私は「成松極(きわみ)」というテーマを自らに掲げて、このプログラムでソーシャル・イノベーションを極める、博士課程に進んで知識をさらに極める、そのうえで自分の力を社会に役立てて、支援と課題の解決を極め続けていきたいですね。

龍谷大学大学院政策学研究科 林 リエ

龍谷大学大学院政策学研究科 林 リエ

:行政の課題はすべてといっていいほどソーシャル・イノベーションが必要なものばかりです。なので、このプログラムでしっかり学び、先生や受講生の皆さんも含めて、人の力で社会を変えていきたいです。まずは防災の観点から、向日市の地域社会のつながりを再構築し京都府では数少ない、地域住民による地区防災計画の策定もめざします。今、私は自分のために時間を使って学べることが本当にうれしく、幸せなので、主婦やママ、そして若い人に社会構造や社会課題、行政や政治にもっと関心を持つきっかけとして、ここに入学してほしいと思います。

龍谷大学政策学部教授 内田恭彦

龍谷大学政策学部教授 内田恭彦

内田:今回、3人のお話を聞いて、我々が築き上げた「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム」の思いや狙いに応えてくださっていると感動しました。社会課題の解決策の答えは一つではありません。ソーシャル・イノベーションにも多様な人と知見が必要です。このプログラムで学んだ受講生には社会構造や社会課題をロジカルに考えて、リーダーシップを発揮できる人材に成長していただくことを願っています。