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Training Program for
Social Innovation Designer

大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム

「ソーシャル・イノベーション研究」【前編】講義リポート

[ 2025.9.16 更新 ]

2025年4月からスタートした「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム」。龍谷大学、琉球大学、京都文教大学の院生が、社会の仕組みに起因する課題を新しい発想や価値をもった事業実践で解決へと導く力を身につけるため共に学んでいます。
今回はソーシャル・イノベーション人材養成プログラム修了者の証となる「ソーシャイノベーションデザイナー」資格取得の必須科目である「ソーシャル・イノベーション研究」をピックアップ。実際にどのように授業が進められているかをレポートします。

「ソーシャル・イノベーション研究」の概要

「ソーシャル・イノベーション研究」は、ソーシャル・イノベーションについての基本的知識、解決すべき社会問題の理解、社会問題の発生要因(社会構造要因)の明確化、イノベーティブな解決策の立案について、基礎事項の講義と3つのケーススタディで進められていきます。担当教員は、「人的資源管理論」と「知的資本経営論」が専門の政策学研究科 内田恭彦教授。ソーシャル・イノベーションに関する基本的知識から、社会問題の捉え方、イノベーティブに解決策立案に向けての考え方、実現に向けてのリーダーシップの在り方まで、掘り下げていきます。

全15回の講義は、3大学が共に学ぶことやリカレントのことを考慮し、すべてオンラインで開講されます。受講前は、内田先生から提示された内容(原稿・動画)に予習をしてから参加。講義中は、内田先生との質疑応答やグループディスカッションなど、受講生には積極的な発言が求められます。

今回、紹介するのは、買い物難民の問題にソーシャル・イノベーションを起こした移動スーパー「とくし丸」のケーススタディ(第6〜9回)。受講生は龍谷大学12名、琉球大学1名、京都文教大学9名です。

買い物難民の問題解決に向けてクリアすべき課題検討

講義では、まず全国の9割近くの市町村で対策が必要だと考えられている買い物難民について、その原因である「社会構造」を分析し明らかにする。これが大学院でソーシャル・イノベーションを学ぶ大きなポイント。ソーシャル・ビジネスを成功させるためのノウハウを身につけることが目的ではないからです。しかも、政治、経済、社会、技術の4つの視点から行うPEST分析、歴史的な背景を探る歴史分析、対象以外との比較分析と、多角的に分析していくことも特長。その上で受講生自身が解決策を見出すために、大都市と地方・中山間地域それぞれが抱える問題の違いをグループワークで比較検討。メンバー構成は内田先生がランダムにチョイス。年齢もバックボーンも違う3大学の受講生がオンライン上のブレイクアウトルームに分かれて、それぞれが思うこと、感じたことを意見交換します。制限時間は10分。短時間でいかに結論をまとめていくか。集中力と判断力、柔軟な発想のトレーニングを兼ねているようで、受講生たちは時間を気にしつつ、グループで力を合わせて、できるだけ他が気づいていないようなポイントを抽出しようと頭をフル回転させていきます。

議論が白熱する中、あっという間に時間終了。内田先生が各グループの代表者を指名し、結論を発表していきます。その結果、高度成長期からの車社会、個人のキャリア選択を尊重する社会、都市への近代産業基盤インフラ形成のための投資による都市への人口集中と地方の少子高齢化、郊外型大型小売店ビジネスの発達など多くの人にとってはメリットのある社会構造が確認されました。一方でこれらの社会構造が大都市の問題として商店街の衰退やコミュニケーションの希薄化による高齢者の孤立を招き、解決策として宅配や買い物代行という提案があり、また地方・中山間地域は人口密度が低く、店舗経営が困難な状況にあることから、移動手段を有さない高齢者が生活困難に陥るという問題を引き起こし、コミュニティバスの運行や地域での支え合いが必要という解決策が出されました。

とくし丸ビジネスモデルの分析

今回のケーススタディとして取り上げている「とくし丸」は、軽トラックを活用した移動スーパーですが、これまでの移動スーパーとは異なります。販売者が個人事業主となり、「とくし丸」の本部から販売ノウハウを学んだ上で、地元のスーパーと提携して移動スーパーをおこなうことによって、本部・事業主・提携先それぞれのリスク分散、固定費の削減、販売者と地元スーパーにより多くの利益を配分し、とくし丸本部自体は1地域当たりの利益は少なくし、多数の地域で事業活動を行うことで事業を成立させるという考えで利益を配分することで新たな非常に効率的な訪問販売の仕組みを構築しました。これにより大量の顧客に郊外型大型小売店に車で来てもらう効率的なビジネスが中心の社会において、訪問販売という一般的には非常にコストのかかる事業形態で、ほぼスーパーマーケットレベルの価格で商品提供できるようになり、買い物難民となった年金暮らしの高齢者でも食料品に容易にアクセスできるようにしたことが明らかになりました。

内田先生は、オーストリアの経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターが著書「経済発展の理論」のなかで、イノベーションを“新結合”と称していると説明。“新結合”とは組み合わせたことのないもの同士を結び付けて、新たな価値を創造すること。「とくし丸」のビジネスは、本部・事業主・提携先が結びつき、買い物難民の問題を解決に導いた、まさに“新結合”です。こういった理論を知識として得られるのもこの講義、そして大学院でこのプログラムを学ぶ意義といえるでしょう。

とくし丸が支持される理由、そして課題

「とくし丸」のビジネスモデルの分析を踏まえて、内田先生からひとつの質問が出されました。なぜとくし丸のビジネスが利用者に支持されたのか。受講生からは「家の近くに来てくれる」「欲しいものをわかってくれる」という利便性だけでなく、「人と話せる」「買い物ができるだけでなく、寂しさも解消できる」といった心理的サービスが鍵と考える答えも導き出されました。
続いて、新たなビジネスを始めるとき、まわりからの抵抗があるのが当然なのにも関わらず、なぜとくし丸は抵抗なく受け入れられた理由も検証。「創業の精神が人助けだったから」「大手の市場を脅かす大きなビジネスではないから」という受講生の見解に対し、内田先生からは買い物難民がいる場所で商売していた人や企業はみな撤退しており、経済的に競合する人や企業がいない。そして利用者はとくし丸にすがるしかない。だから抵抗がなかったという事実が提示され、受講生たちは大きくうなずいていました。
最後は、とくし丸が抱える課題を抽出。ビジネスとして持続させるためには、事業エリアの拡大、およびとくし丸のサービスに何か別のサービスを付加する、多重活用の必要性が説かれました。

講義を終えて

この講義で重視されるのは、社会課題が発生した歴史や背景をきちんと理解し、ソーシャル・イノベーションにどのように向き合うかについての包括的視点を自ら構築できるようになること。そのためには、まず知識を得て、自分で考え、人と議論し、結論へと導く。これを講義の中で繰り返し行われていたことが印象的かつ、受講生それぞれの知識や実践力の獲得に効果的であることがうかがえました。
もちろん、内田先生の説明はわかりやすく、受講生たちも意欲的に講義を受講。オンラインとはいえ、お互いの顔を見ながら議論ができ、絆が深まります。また、京都、沖縄など受講生が暮らす地域が異なるため、今回も沖縄には全国展開のある大手スーパーがないという事実に全員で驚いたり、中国の留学生から中国でも買い物難民が問題になっているといった事情を知れたり、話が発展していくことも講義の醍醐味。自宅にいながら、これだけ濃密で、大学院ならではのアカデミックな学びが叶うことは、リカレントにとって大きな魅力ではないでしょうか。

「ソーシャル・イノベーション研究」では、中山間地域の衰退問題、派遣切り・非正規雇用問題を取り上げ、今回の買い物難民問題のように、解決に向けた方法を分析・考察。さまざまなケースと、それに関わる社会構造を知ることは、ソーシャル・イノベーション、そして「ソーシャルイノベーションデザイナー」としての知識、視野を広げることにもつながります。