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Training Program for
Social Innovation Designer

大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム

「学びへの思いを新たに」ソーシャル・イノベーションを実践する講師とのパネルディスカッションを実施

[ 2025.12.26 更新 ]

2025年10月4日(土)5日(日)龍谷大学深草キャンパス新2号館(灯炬館)にて、日本ソーシャルイノベーション学会の第7回年次大会が開かれ、「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム(以下プログラム)」の受講生たちが4つのチームごとに取り組むキャップストーン科目「ソーシャル・イノベーション実践演習(以下実践演習)」での研究発表をおこないました。

この【後編】では研究発表後に開催された各チームを代表する4人の受講生と、ゲストにお招きした2人のソーシャル・イノベーションを実践する企業や支援者によるパネルディスカッションについてお伝えします。

中森 孝文

モデレーター
龍谷大学政策学部 中森 孝文 政策学部長

中森:まずゲストのお二人のソーシャル・イノベーションの取り組みをご紹介ください。

齋藤:私が経営する「アグティ」は医療・福祉施設や飲食店などのユニフォームのクリーニング、店舗や事務所、施設の清掃・メンテナンスを軸に事業を展開しています。企業理念は「会社は働く人のために存在する」。共に働く仲間たちの幸せを何よりも大切にし、その幸せは健全な社会・地域があって成り立つとして、未来社会貢献活動にも力を注いでいます。この活動の一つが本社のある京都市久御山町の商店街の空きスペースに作った地域循環ワークシェアリング「ACWA BASE(アクワベース)」です。仕事を地域に置くという試みで、「いつ来てもいいし、いつ帰ってもいい。たくさん働いてもいいし、ぜんぜん働かなくてもいい」がコンセプト。具体的にはクリーニング事業で欠かせない洗濯物をたたむ作業を1枚あたりの対価で町の人におこなってもらうんですが、9時の始業前に行列ができるほど大好評。来られる方は50代〜70代が中心で、昔ながらの井戸端会議の場にもなっています。これに手応えを感じ、第二弾として京都市下京区に「梅小路ACWA」をオープンしました。ここは放置されていた工場をリノベーション。2階にワークスペース、1階にイベントスペースを設け、さらに「託児所」もスタートさせました。働くのは子育て世代が中心ですが、コンセプトがゆるいこともあり、障がいのある方や引きこもり気味の方も来てくださっています。

石井:私が勤務する京都信用金庫は2023年の100周年を機に「コミュニティ・バンク京信」というブランド・ネームを制定しました。お金に関することはもちろん、地域・社会・環境の課題を解決し、豊かで持続可能な地域社会の実現にも取り組む金融機関をめざしていくためです。龍谷大学の行動指針「自省利他」や今回の学会のテーマの共生にもつながるのですが、顧客や自社利益を最大化する、「自分たちさえ良ければいい」という考えはもはや通用しません。齋藤さんの会社のように、社会や地域、人と調和し、課題解決型社会のお役に立つこと、社会を良くするものや人で溢れかえらせることが欠かせないのです。
そんなソーシャル・グッドな取り組みを推進するのが私の部署です。代表的なものを挙げると、ESG経営や社会課題の解決をめざす企業を評価・認証する「ソーシャル企業認証制度 S認証」の制定です。さらに地域や社会に貢献する企業や活動をお客さまにも応援いただきたいとの思いから「京信ソーシャル・グッド預金」という定期預金もご用意しました。この預金は課題解決・社会貢献活動のために融資・運用し、その利息をお客さまに還元。お客さまはお金を預けていただくだけなので、気軽に応援いただけると思います。
そしてもう一つ、私が個人的に始めたのが「関西ミライ絵日記」です。大人から子どもまで、ソーシャルグッドな未来予想図を描いてもらい、寄せられた作品を表彰したり、自分の夢やソーシャルグッドな社会や未来を考え、語り合ったりする機会としてと、多くの方に参加いただいています。

齊藤 徹

パネリスト
株式会社アグティ 代表取締役社長 齊藤 徹 氏

石井 規雄

パネリスト
京都信用金庫 ソーシャル・グッド推進部 部長 石井 規雄 氏

中森:齋藤さんの「ACWA BASE」は企業と仕事、地域、人がつながることで、就労とコミュニティの場の創出や、孤独・孤立の解消、地域活性化、会社としては人手不足解消にも結びついていますね。京信さんの姿勢や取り組みはもちろん、石井さんが企業の枠を越えて始められた「関西ミライ絵日記」もソーシャル・グッドに目を向けてもらう機会の創出として素晴らしいです。次に受講生に質問します。「ソーシャル・イノベーション実践演習」や日々の講義によって社会課題の眺め方に変化はありましたか。

山中:最初は臨床心理学と社会課題をどう結び付ければいいのかよくわかりませんでしたが、この講義を受ける中で、社会課題の解決に必要な分析とは、臨床において必要とされる視点と実はとても近いのではないかと思うようになりました。社会課題を考える際には、関係者の生の声に真摯に耳を傾け、課題の発生機序を細やかに理解し、その解決に向けて各要素のポテンシャルを最大限に引き出そうとする在り方が求められると教わりました。このような姿勢は、臨床でセラピストが心がける姿勢とほぼ共通していると感じて、そこに臨床心理学が活かされる可能性を見出しました。

成松:講義や演習を通じて、京都、沖縄、臨床心理学、ストレートマスター、リカレントといった多様な地域、多様な専門性と知見、経験を持つ人たちと学びを深めていくことは新しい発見や驚きの連続。そのおかげで、社会課題を多様な視点で見るようになったことが一番大きな変化です。

中森:自分の専門との共通点を見出したり、反対に異なる方向からの視点、思考で捉えたりと、プログラムによる変化、成長を感じていることはうれしいですね。では、ゲストのお二人にうかがいます。社会課題を眺めるにはどのような視点が必要ですか。

齋藤:社会課題として見つけられるものは、もうすでに社会課題ではなく、結果的に解決されていくものと思います。では、顕在化していない課題に遭遇するにはどうすればいいのか。そのためには自分の興味や関心、専門を越えていく「越境」が必要です。この越境、大げさなことではなく、私の場合はただフラフラするだけ。フラフラっと動いてみると、見たことのなかった社会の景色に出合ったりするんですよね。すると、今までの景色がまた違う色や形に見えたり、タテ・ヨコ・ナナメから視点を変えたりすることができ、不思議と新しい課題が浮かび上がってくる。一つの課題だけを探し求め、直線的に見るのではなく、まずは動いてみないとわからない。出合った何かの広さとか深さとかをぼんやり眺めてみることをおすすめしたいですね。

石井:社会課題って、こんな課題を見つけましょうとか、こんな課題があるから、こう解決しましょうといったお品書きがあるわけじゃない。個人であれ、企業であれ、何か行動した時に「ん?」と感じる違和感が、実は課題だったりするんですよ。なので、私は日々の仕事、生活の中で何か見過ごしていないかと意識するようにしています。毎日忙しいですから、違和感を感じても、さほど問題にならないだろうと見過ごすことってありませんか。実はこういったところに課題解決が必要なポイントがあって、その先にあるのがソーシャル・イノベーションではないかと考えています。

山中:直線的に見ない、違和感を大事にするということはとても参考になります。臨床心理学でも、“語られていない”部分、声にならない声にまで耳を傾ける姿勢やセラピストの感じる違和感が重視されます。課題分析の際にはこのような視点も取り入れた上で、政策学、地域共創学等との学際的連携により、社会実装へとつなげてゆくような専門家間のネットワークが大切ではないかと感じました。

成松:私はフラフラすることと、見過ごさないことに共感しました。

山中 智子

「ファイナンスによる京町家課題解決」(ファイナンスチーム)
京都文教大学大学院臨床心理研究科 山中 智子 氏

成松 正樹

「学びの多様性と教育をめぐる課題 ~発達障がい者のキャリア形成に関する現状と課題、支援の「つながり」について~」(学びの多様性チーム)
龍谷大学大学院政策学研究科 成松 正樹 氏

中森:受講生たちが取り組む実践演習では、地域のポテンシャルを見出し、新たな価値を創出・提案することがミッションになっています。この地域のポテンシャルについて、どのように気づいたか、どんなふうに捉えているのか、教えてください。

北野:私たちは京都の醍醐地域の活性化に取り組んでいるのですが、当初は研究・調査を重ねても、醍醐地域のポテンシャルを見出せず、完全に行き詰まってしまったんです。そんな時、琉球大学での中間発表会で先生から「醍醐の気持ちになって」というアドバイスをいただいたことで、私たちは悪いところばかりを見ていたことに気づいたんです。『木を見て森を見ず』という言葉がありますが、まさにその状態でした。この日を転機に、悪いところに手を加えてポテンシャルにしていこうと考え始めたら、醍醐地域がどんどん良く見えるようになって、好きになっていきました。私は常日頃から何事も頭ばかりで考えず、心で捉えて素直に動くことをモットーにしているのですが、対象の地域や人たちに感じた思いも物事を進める上で大切だなと感じている次第です。

安里:私は琉球大学の学部生時代、ある人から「地域に入るときは素潜りせよ」と言われました。この言葉がずっと心に残っていて、結婚を機に沖縄県北中城村に住むようになってからは、村に素潜りし、五感をフル活用して人や地域とつながってきました。そんな愛着の深い北中城村のソルファコミュニティという農福連携を実施している施設が対象となり、客観的に調査する機会をもつことができました。村がもつポテンシャルが何かみえてきたことは、北中城村が小規模であることです。村役場の方は「程よい田舎」と表現されました。小規模とか、田舎とかは、ネガティブに捉えられがちですが、人がつながりやすい、サービスなどが行き届きやすいといった良さがあります。これをポテンシャルとして価値を高めていく必要があるとして調査を進めています。

石井:二人が気づかれたこと、よくわかります。私は世の中にはポテンシャルしかないと思っているんです。ただ、課題解決のプロジェクトなどを進める際には、関わる人たちが同じように捉えてくれていないと、方向や目的がブレてくる。なので、私は“可能性”と“思い”を共有していくことに力を注ぎます。紙やメールでペラッと伝えるのではなく、直接会って、目を見て、話して、相手の意見も聞く。安里さんがおっしゃった五感も、先に山中さんがおっしゃった傾聴や関係構築力も駆使して、仲間と一緒に考え、進んでいくことが大事ですね。

齋藤:ポテンシャルって、ポジティブなことだけではないんですよね。ネガティブなことも、何とも思わないことも、みんなで寄ってたかって、あれこれ掛け合わせながら、一つの解を出し、みんなの解にしていく。そんなプロセスがソーシャル・イノベーションには重要なんだと思います。それと、世の中って「強み×強み」が良しとされがちですが、私は「弱み×弱み」の方が強いと思っているんです。受講生の皆さんのチームも、石井さんや私の会社もそうなんですが、強さや得意を活かす方が物事が進んでいくと思いきや、弱さや不得意を共感、共有していく方が結果的には強く、良い方向に結びつく、いいものができる。北野さんや安里さんたちも実感されましたが、弱さやネガティブな面を捉え直していくと、ポジティブなポテンシャルとして広がっていくことは間違いありません。

成松:ポテンシャルの捉え方として、私は仕事上、どうしても経営診断などフレームワークに則って、強み・弱みを判断しがちです。なので、皆さんのお話を聞いて、決まった形、決まった見方ではなく、これは強みだけれど実は弱みとも取れるなど、あえて違う捉え方をする習慣を付けていきたいと感じました。

中森:フレームワークは大変重要です。ただ、見方が一方向になってしまう可能性もある。多面的、多角的な視点が必要であることは齋藤さん、石井さんのお話から再認識しました。その上で、成松さんが習慣化したいとおっしゃったような視点を変えるためにはどうすればいいですか。

齋藤:このプログラムで受講生が学ぶ、先生方が教えるソーシャル・イノベーションのフレームワークは、視点を変えるために絶対不可欠です。というのは、人は枠組みがあるから外れることができる、つまり違う見方、捉え方ができるのです。また、視点を変えるには経験値も必要ですが、今、見えている景色は自分の経験値からしか見ていないので、私が先ほど申した「越境」が大事なんだと。「越境」も枠組みを越えて、一歩、二歩と外に踏み出すことですからね。

中森:なるほど。枠組みがないと、自分が外れていることが判断できませんね。では、これから実践演習の最終仕上げにかかり、卒業後はソーシャル・イノベーションに挑んでいく受講生たちにメッセージをお願いします。

石井:そもそも課題というのは、解決できないから存在しているんです。なので、その難しさも受け止めて、解決するためには、どんなスキルが必要か、どれくらい時間がかかるか、誰と一緒に取り組むかなど、モヤモヤしながらでも考えてみる。斎藤さんがおっしゃったフラフラ動いたり、越境したり、たくさん寄り道をして自分を拡張していくことが大事です。寄り道中には、今すぐ必要ではないものに出合うでしょう。でも、それが後になって自分を助けてくれたり、誰かを応援するときの力になったりするんですよ。実は私はそんな経験を何度もしてきました。だから、「今の自分には関係ない」ではなく、少しでも興味を持ったら一歩近寄ってみる。その積み重ねが自らの拡張、そして課題解決につながっていくと思います。

齋藤:受講生の皆さんはチームごとに実践演習に取り組まれていますが、他のチームと課題を交換してディスカッションしてみてはいかがでしょうか。自分たちだけで考えていると、どうしても視野が狭くなりがちですが、外の視点が入ると、思いがけない発見があるはずです。実際、課題解決というのは、直接その問題だけを見つめていても解決につながらないことが少なくないんですよね。まったく別の課題へのアプローチが、結果的に違う課題を解くことにつながった、ということもよくある話です。だから、他のチームの頭も借りるというか、課題や取り組みをオープンにしていくと、視点や思考の幅がぐっと広がると思います。そして、もう一つ「面白がる」がとても大事です。課題解決って、正直しんどいことも多いし、時間もかかるので、「面白い」「ワクワクする」と感じないと続かない。勢いやノリ、ちょっとした遊び心といった前向きで面白い空気があってこそ、ソーシャル・イノベーションを起こせるのではないでしょうか。

北野 嘉秀

「醍醐の活性化―醍醐未来創生プロジェクト―」(醍醐チーム)
龍谷大学大学院政策学研究科 北野 嘉秀 氏

安里 恵美

「障がい者雇用の現況と地域資源の発掘」(障がい者雇用チーム)
琉球大学大学院地域共創研究科 安里 恵美 氏

中森:最後に受講生とチームを代表して、実践演習やこれからの学びへの意気込みを教えてください。

北野:中間発表会や今回の研究発表で、先生からは「本当に醍醐のイノベーションになるのか」という指摘をいただきましたので、齋藤さんがおっしゃった他のチームの受講生や3大学の先生の意見も聞き、メンバーそれぞれが違う視点からの考察を深めて、多くの方に私たちの熱意が伝わる、醍醐のイノベーションとして納得いただけるアイデアを完成させます。

山中:皆さんのお話を聞いて、社会課題とされるような”弱み”こそが、実は地域の強みに変わる力を持つのだと改めて感じました。これから具体的な事業計画を立てるにあたっては、心理面接で重視されるような「傾聴、即応性、関係構築力」をもとに関係者や課題そのものの声を大切にし、実現させるための仲間づくりを意識しながら、弱みを強みに変えるようなプランを持続可能な形で考えていきたいと思いました。

安里:課題解決に必要なのは「エンパワーメント」、お互いの力を引き出し合うことだと考えています。なので、この実践演習は3大学が連携して取り組む、まさに互いの違いを活かし合うことにつながっています。普段は3大学の先生が教え、導いてくださいますが、今回、齋藤さんや石井さんのお話をうかがって、当事者の苦労話や成功例をもっと知りたい、「課題解決のエンパワーメント」をよりリアルに体感したいと思いました。

成松:私は講義や実践演習、そして今日のお話を通じて、課題解決には3つの力が必要だと感じました。1つ目は知識です。言語力や分析力といった考えるための軸を整え、そして齋藤さんがおっしゃっていた自分の位置を客観的に判断するための力を身につけておくことは、課題解決の出発点になると思います。2つ目はネットワークです。課題解決の気づきやアイデアは人との関係から生まれます。事業を進めるにも仲間が必要ですし、異なる視点の人たちとの出会いが新しい発見につながります。そして、3つ目がマインドです。社会を良くするためには、他者の声に耳を傾け、共感し、悩みなどに気づくことが本当に大切。こういった響く心、気づく心、つまりマインドがあってはじめて知識やネットワークを活かすことができ、ソーシャル・イノベーションにつながると思います。私はこのプログラムはこの3つを得られる素晴らしい場だと感謝し、これからも学びと実践演習に全力を注いでいきます。

中森:学会での研究発表、ソーシャル・イノベーションを牽引する2人とのディスカッションは受講生には貴重な経験になったのではないでしょうか。また、社会課題の捉え方をはじめ、プログラムを実施する私たち教員への示唆となるご発言も数多くいただきました。
本日の内容を実践演習の最終発表会、そして、受講生の今後の活躍、次年度のプログラムの充実につなげていきたいと思います。皆さん、ありがとうございました。