社会問題の発生要因を明確化し、
解決策を創出していくために基礎を修得
2025年4月からスタートした「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム」。龍谷大学、琉球大学、京都文教大学の受講生が、社会の仕組みに起因する課題(社会課題)を新しい発想や価値をもった事業実践でイノベーティブな解決へと導く力を身につける。
今回はソーシャル・イノベーション人材養成プログラム修了者の証となる「ソーシャイノベーションデザイナー(SI-D)」資格取得における「包括的視点」領域の科目である「ソーシャル・イノベーション研究」をピックアップし、授業内容をレポート。さらに受講生の代表者2名と内田教授が講義後に語り合った、授業の振り返りや学びのポイントも紹介していく。
担当教員/龍谷大学政策学部 内田恭彦教授
「人的資源管理論」と「知的資本経営論」が専門。
「ソーシャル・イノベーション研究」ではソーシャル・イノベーションに関する基本的知識から、社会問題の捉え方、イノベーティブに解決策立案に向けての考え方、実現に向けてのリーダーシップの在り方まで、掘り下げる。
受講生
岡部佳美さん
情報コミュニケーション領域の企業にてマーケティング業務に従事。
2020年中小企業診断士登録。 京都府中小企業診断協会所属。
石原和弥さん
龍谷大学政策学部出身。卒業後は京都の社会福祉法人に入職し、障害を持つ方の就労支援や相談援助に携わる。
【授業の概要】
ソーシャル・イノベーション(SI)についての基本的知識、解決すべき社会問題の理解、社会問題の発生要因(社会構造要因)の明確化、イノベーティブな解決策の立案について、基礎事項の講義と、中山間地域の衰退問題、買い物難民問題、非典型労働者問題3つのケース研究を通じて学ぶ。これによりソーシャル・イノベーションに関する基本的知識だけでなく、社会問題の捉え方、イノベーティブな解決策立案に向けての考え方、実現に向けてのリーダーシップの在り方などについて学習する。
講義は、3大学が共に学ぶことやリカレントのことを考慮し、すべてオンラインで開講。受講前に内田教授から提示された内容(原稿・動画)を予習してから参加。講義中は、内田教授との質疑応答やグループディスカッションで進めていく。
【ケース研究】
今回、取り上げるケース研究は買い物難民問題である。
「買い物難民」とは
日常の食料品や日用品を買う店が近くになく、車や公共交通などの移動手段も乏しいため、生活必需品の購入が著しく困難な人々のこと。主に高齢者や地方在住者に多く、都市部の一部でも発生している社会問題。
STEP1
どうすれば買い物難民を減らせるのか。
授業では政治、経済、社会、技術の4つの視点から行う「PEST分析」、歴史的な背景を探る「歴史分析」、対象以外との「比較分析」など、多角的に分析したうえで、買い物難民問題の構造を理解。グループワークでの議論を踏まえてロジカルに答えを導き出していく。
- なぜ市街地の商店街は衰退したのか
- なぜ買い物難民が生まれたのか
- 買い物難民を発生させた最大の要因は何か
- 買い物難民問題で最も克服すべきことは何か
- 地方・中山間地域の商業の空白を埋めるビジネスモデルとは何か
【STUDY TALK〜受講生の視点 ✕ 担当教員の分析】
石原:部生時代からソーシャルビジネスについて興味があったんですけど、こういう風に社会問題を多角的な視点で深掘りしていくのは、大学院ならではといつも感じています。
岡部:授業では、社会構造を考えて、歴史分析をして、比較分析をしてという考えることの癖付けが必要なんだなって、いつも気づかせてもらっています。
内田教授:そこが授業の狙いです。ソーシャル・イノベーションは、「社会課題解決」として機能していく必要もあるので、個別の企業や事業体だけでなく、大きな問題が起こった背景からしっかりとつかみ、そこから特定の人たちが困っている社会の構造や、社会の仕組みも理解した上で対策を立てていくことを意識しています。
石原:買い物難民の方々が生まれた背景として、車社会や郊外型の大規模店舗のあおりで、地元のお店が衰退していったことが挙げられますが、それはなぜなのか、受講生たちと議論しながら、さまざまな側面から問題を見ていくと、考えが深まっていきます。
岡部:グループワークって自分では考えていなかった、自分が向いていた方向と違うところから話を振ってくださるので、すごく面白いですよね。とくに心理学を専攻されている京都文教大学の方は、その時にどういう感情があったのかという視点で話をされることが多い気がします。一方、龍谷大学の受講生の皆さんは、政策学や経営学、経済学といった視点から発言される。こういった視点の違いっていうのは、グループワークでよく感じているところです。
石原:確かに京都文教大学の方は、一対一の関わりのところをフォーカスされますね。
内田教授:それぞれの大学の強みを活かして融合していくということはプログラム全体の狙いでもあります。ソーシャル・イノベーションのビジネスは、例えばこの買い物難民の問題では、高齢者だけでなく、障がい者や病気などを抱える方といった他にも困っている人をどのようにケアするのかなど、多角的に、複合的に考えていくことが非常に重要です。そのほうが、より効果的な解決策が生まれてくるからです。
STEP2
地方・中山間地域に必要なビジネスモデルとは。
高度成長期からの車社会、郊外型大型小売店ビジネスの発達など多くの人にとってはメリットのある社会構造が生まれる一方で、戦後近代産業の基盤とインフラ形成のための都市への投資により、都市と地方に生産性の差が生まれ、それにより都市への人口集中と、地方の少子高齢化によって、地域の商店街が衰退。さらに核家族化から都市でも地方でも独居高齢者が増加し、コミュニケーションの希薄化による孤立も生じた。その結果、歩いていける範囲に商店がなくなり、車に乗ることができない、家族や周囲の人々の助けを得られない高齢者の多くが買い物難民となった。
この問題を解決するには、財政難にに直面している行政に頼らず、資金力があって生産性が高い大型店舗と競わない地方・中山間地域の商業の空白を埋めるビジネスを考える必要がある。
顧客の密度が低い地域でも経営が成り立つ方法として考えられるのが、高コスト(大規模な設備投資とマーケティング)でも大量の集客とさまざまな収益源で利益を生み出せる大型店舗とは異なる
“低コストで効率が良いビジネスモデル”
この観点から、受講生は株式会社とくし丸のビジネスモデルを考察した。
株式会社とくし丸
2012年創業。本社は徳島県徳島市。過疎地で暮らす高齢者「買い物難民」に食品や日用品を届ける移動スーパー「とくし丸」を運営。2016年にオイシックス・ラ・大地の子会社となる。現在は1,000台以上の移動スーパーが、47都道府県で活躍する
https://www.tokushimaru.jp/
上記のようにとくし丸は軽トラックを活用した移動スーパーは個人事業主が販売パートナーとなり、「とくし丸」の本部から販売ノウハウを学んだ上で、地元のスーパーと提携して販売を行う。
とくし丸本部と販売パートナー、地域のスーパーマーケットが連携して運営することで、リスクが分散され、低いコストで利益を出すことができる仕組みになっている。
とくし丸の低コストで効率が良いビジネスとは
固定費を極力小さくする。
とくし丸本部の場合、ビジネス・ノウハウを開発するためにかかった固定費を、提携先の地元スーパーマーケットが活用する販売パートナーの車の台数に少額課金し、多くの販売車両を全国に多数走らせることで回収するビジネスモデル。車両数が増えるほど、一台あたりに按分される開発のコストが下がり、少額課金でも事業成立できるようになる。そして一定台数を超えると損益分岐点を超えるので、利益率が高まる仕組みとなっている。またスーパーと連携することによって、取扱商品の購買・調達や加工および在庫の機能を持つ必要がなく、当然倉庫も不要である。さらに販売車は販売パートナーが購入し、自分たちは用意しないのでこの分に関しても固定費はかからない。
在庫や設備を「持たない」か「最小限に抑える」
販売パートナーである個人事業主は車両のみを購入するので、固定費は基本形にこれだけとなる。提携先のスーパーから商品を提供してもらえるため商品などの仕入れや加工機能を保有する必要はなく、ブランドや販売のノウハウはとくし丸から提供されるので新たに自分で開発することもない。これにより販売パートナーは車両のみの固定費の負担で済むこととなっている。
地元のスーパーマーケットは、とくし丸を活用して販売エリアを広げる際に、土地・店舗や移動販売するための車を持つ必要がなく、ここでも固定費が最小に抑えられる。リスクとしては販売パートナーが販売できなかった返品を引き受けること、すなわち売れ残りリスクを負う。一方でその地域でどのような商品が求められているかに関するデータが得られる。
すでにあるスキルや資産を活用して初期投資を下げる
このように3者で提携し、すでにあるスキルや資産を活用することで、それぞれの固定費やリスクを分散させることができ、極めて低い水準にとどめることを可能としている。これは中山間地域や都会に住む買い物難民といった一定エリア内おいて数が少ない顧客に対し、移動販売という個別対応を行うサービス提供するうえで最も重要なことの一つであると考えられる。
【STUDY TALK〜受講生の視点 ✕ 担当教員の分析】
岡部:とくし丸の事例はビジネスモデルとして、5年ぐらい前から知っていたんですが、今回の講義を通して、社会構造を捉え歴史分析を行ったうえで創業し事業を組み立てていくことが、事業をより高い成果につながるのだと改めてわかりました。
内田教授:とくし丸は、経営学の基本的なところでもある、コスト構造を下げていく発想です。そもそも地方と都会というのは、歴史的に都会の方に近代産業が生まれるような投資がなされ、地方と生産性の格差が生まれてしまった。しかも少子高齢化という問題も抱えている。中山間地域における買い物難民問題は、この現状を乗り越えるために、コスト構造の低いビジネスををどうやって作っていくのか、どのようにビジネスモデルを組んでいくのか、といった経営学の知識も必要になります。
石原:「とくし丸」の事例は、ビジネスモデルとして秀逸であるだけでなく、売る人と買う人の一対一の関わりによって情緒的なサポートをかなえていることも価値になっているのでは、という京都文教大学の受講生の方の発言がありました。確かにこれもとくし丸が成功した理由のひとつかなと思います。
内田教授:さまざまな不安を抱える人がこういう状況に置かれた時の心理状態、それがどのように表れてくるのかといったことを考えるのは、臨床心理を学ぶ京都文教大学の受講生ならではだと思います。対策を考えていくには、一人一人の事情や思いに寄り添っていくことも大切です。困っている人たちがどんな不安や悩み苦しみを抱えているのか、どうすれば心穏やかに、幸せに暮らしていけるのか。臨床心理の知見があると、さらに良い解決策が生まれてきます。これは買い物難民解決の他の方法、例えば買い物代行サービスや他事業者がとくし丸と同様の事業を始めた際には、重要な差別化要因ともなります。ただ、あらゆる方向からのケアを実現するには、コストがかかるので、コスト対策もきちんと考えなければならない。経営学および心理学などの多様な学際的な観点から、社会課題を解決するイノベーティブなサービスを提供するにはどうすればいいのか計画していくことも、ソーシャル・イノベーションにおいて重要なことだと思います。
STEP3
なぜ「とくし丸」は成功したのか。
「とくし丸」のビジネスモデルのソーシャル・イノベ-ションとしての革新性は、年金暮らしなど金銭面での不安を抱える高齢者の買い物問題を解決しつつ、本部と個人事業主である販売員、地域スーパーとの連携や組織化により、リスク分散と収益確保を実現したことにある。このシステムの成功は、深刻な少子高齢化と独居化、郊外型の大型店舗の台頭、公共交通や個人商店の衰退など、買い物難民を生まざるを得なかった地方・中山間地域の本質的な問題を理解し、そのうえで低コストでのビジネスモデルを構築した結果に他ならない。
誰がなぜ困っているのか、困っている人をどのようにして助け、それを維持していくか。ソーシャル・イノベーションとしてのビジネスを考える時は“それぞれの社会課題を取り巻く構造を包括的視点で捉え、そのうえでより効果的・効率的かつ持続可能なモデルを構築すること”が鍵となる。
【STUDY TALK〜受講生の視点 ✕ 担当教員の分析】
石原:福祉施設の職員としてはビジネスに直結して考える機会があまりなく、既存の制度でどういう福祉サービスを提供できるかといった範囲で考えるのがこれまででした。しかし、今はいろんなところに目を向けて勉強しなければと感じています。障がい者の方に支援学校で勉強してもらうとか、内職作業に携わってもらうといったことだけではなくて、例えば「障がい者アート」。障がい者の方のアーティストとしての強みを見て、それを社会で価値を生むような作品や商品にしていく。結果として、障がい者の社会的な認知度を高め、自立した生活を送れるような収入・待遇面に改善する、そんな変化を生み出すことを考えるようになりました。もちろん福祉業界だけでは難しいと思うので、他の業界やこのプログラムでつながった皆さんと連携をしながら、より良いソーシャル・イノベーションをおこしていきたいですね。
岡部:私は中小企業診断士として事業者の方々とビジネスを考える際、「社会課題を解決できるような事業にしていきましょう」といったことをお話するんです。その時、なぜ社会課題の解決が必要なのか、どうすれば持続可能なビジネスにつながるのか、事業にとって最も大切な部分を、多角的かつ複合的に分析して提示することができれば、事業者の方々にご自身のビジネスの意義をより感じていただけるのではと思っています。ミッションやビジョン、バリューを一緒に作っていく時も、事業者ご自身にやりたいことを認識していただく時も、助言に深みが増しますしね。そのためにも表面的なことだけではなくて、常にその奥にあるものをきちんと考えようとする習慣をしっかりとつけ、学びを深めていきたいと思っています。
石原:「とくし丸」の事例は、ビジネスモデルとして秀逸であるだけでなく、売る人と買う人の一対一の関わりによって情緒的なサポートをかなえていることも価値になっているのでは、という京都文教大学の受講生の方の発言がありました。確かにこれもとくし丸が成功した理由のひとつかなと思います。
内田教授: 歴史分析による現在の社会構造が形成された経緯、問題発生の原因の理解、さらに現在と過去の比較を通じて、また都市と地域、違う地域などの地域間の比較分析によって課題の背景や構造を相対化していく。ここがソーシャル・イノベーションを考えるときに、一つのポイントになってきます。石原さんがおっしゃった障がい者の問題も一人一人の能力を伸ばして社会に価値付けるだけでなく、その人たちがどうやったら喜びを持って暮らしていけるようになるのか、ここの知見がないと本当の解決策にならない。だからこそ、岡部さんがおっしゃるようにこの授業を通じて分析を習慣化し、一人一人の問題をきちんと社会の問題として認識できるようになってもらえるとうれしいですね。
社会問題の発生要因を明確化し、
解決策を創出していくために基礎を修得
2025年4月からスタートした「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム」。龍谷大学、琉球大学、京都文教大学の受講生が、社会の仕組みに起因する課題(社会課題)を新しい発想や価値をもった事業実践でイノベーティブな解決へと導く力を身につける。
今回はソーシャル・イノベーション人材養成プログラム修了者の証となる「ソーシャイノベーションデザイナー(SI-D)」資格取得における「包括的視点」領域の科目である「ソーシャル・イノベーション研究」をピックアップし、授業内容をレポート。さらに受講生の代表者2名と内田教授が講義後に語り合った、授業の振り返りや学びのポイントも紹介していく。
担当教員/龍谷大学政策学部 内田恭彦教授
「人的資源管理論」と「知的資本経営論」が専門。
「ソーシャル・イノベーション研究」ではソーシャル・イノベーションに関する基本的知識から、社会問題の捉え方、イノベーティブに解決策立案に向けての考え方、実現に向けてのリーダーシップの在り方まで、掘り下げる。
受講生
岡部佳美さん
情報コミュニケーション領域の企業にてマーケティング業務に従事。
2020年中小企業診断士登録。 京都府中小企業診断協会所属。
石原和弥さん
龍谷大学政策学部出身。卒業後は京都の社会福祉法人に入職し、障害を持つ方の就労支援や相談援助に携わる。
【授業の概要】
ソーシャル・イノベーション(SI)についての基本的知識、解決すべき社会問題の理解、社会問題の発生要因(社会構造要因)の明確化、イノベーティブな解決策の立案について、基礎事項の講義と、中山間地域の衰退問題、買い物難民問題、非典型労働者問題3つのケース研究を通じて学ぶ。これによりソーシャル・イノベーションに関する基本的知識だけでなく、社会問題の捉え方、イノベーティブな解決策立案に向けての考え方、実現に向けてのリーダーシップの在り方などについて学習する。
講義は、3大学が共に学ぶことやリカレントのことを考慮し、すべてオンラインで開講。受講前に内田教授から提示された内容(原稿・動画)を予習してから参加。講義中は、内田教授との質疑応答やグループディスカッションで進めていく。
【ケース研究】
今回、取り上げるケース研究は買い物難民問題である。
「買い物難民」とは
日常の食料品や日用品を買う店が近くになく、車や公共交通などの移動手段も乏しいため、生活必需品の購入が著しく困難な人々のこと。主に高齢者や地方在住者に多く、都市部の一部でも発生している社会問題。
STEP1
どうすれば買い物難民を減らせるのか。
授業では政治、経済、社会、技術の4つの視点から行う「PEST分析」、歴史的な背景を探る「歴史分析」、対象以外との「比較分析」など、多角的に分析したうえで、買い物難民問題の構造を理解。グループワークでの議論を踏まえてロジカルに答えを導き出していく。
【STUDY TALK〜受講生の視点 ✕ 担当教員の分析】
石原:部生時代からソーシャルビジネスについて興味があったんですけど、こういう風に社会問題を多角的な視点で深掘りしていくのは、大学院ならではといつも感じています。
岡部:授業では、社会構造を考えて、歴史分析をして、比較分析をしてという考えることの癖付けが必要なんだなって、いつも気づかせてもらっています。
内田教授:そこが授業の狙いです。ソーシャル・イノベーションは、「社会課題解決」として機能していく必要もあるので、個別の企業や事業体だけでなく、大きな問題が起こった背景からしっかりとつかみ、そこから特定の人たちが困っている社会の構造や、社会の仕組みも理解した上で対策を立てていくことを意識しています。
石原:買い物難民の方々が生まれた背景として、車社会や郊外型の大規模店舗のあおりで、地元のお店が衰退していったことが挙げられますが、それはなぜなのか、受講生たちと議論しながら、さまざまな側面から問題を見ていくと、考えが深まっていきます。
岡部:グループワークって自分では考えていなかった、自分が向いていた方向と違うところから話を振ってくださるので、すごく面白いですよね。とくに心理学を専攻されている京都文教大学の方は、その時にどういう感情があったのかという視点で話をされることが多い気がします。一方、龍谷大学の受講生の皆さんは、政策学や経営学、経済学といった視点から発言される。こういった視点の違いっていうのは、グループワークでよく感じているところです。
石原:確かに京都文教大学の方は、一対一の関わりのところをフォーカスされますね。
内田教授:それぞれの大学の強みを活かして融合していくということはプログラム全体の狙いでもあります。ソーシャル・イノベーションのビジネスは、例えばこの買い物難民の問題では、高齢者だけでなく、障がい者や病気などを抱える方といった他にも困っている人をどのようにケアするのかなど、多角的に、複合的に考えていくことが非常に重要です。そのほうが、より効果的な解決策が生まれてくるからです。
STEP2
地方・中山間地域に必要なビジネスモデルとは。
高度成長期からの車社会、郊外型大型小売店ビジネスの発達など多くの人にとってはメリットのある社会構造が生まれる一方で、戦後近代産業の基盤とインフラ形成のための都市への投資により、都市と地方に生産性の差が生まれ、それにより都市への人口集中と、地方の少子高齢化によって、地域の商店街が衰退。さらに核家族化から都市でも地方でも独居高齢者が増加し、コミュニケーションの希薄化による孤立も生じた。その結果、歩いていける範囲に商店がなくなり、車に乗ることができない、家族や周囲の人々の助けを得られない高齢者の多くが買い物難民となった。
この問題を解決するには、財政難にに直面している行政に頼らず、資金力があって生産性が高い大型店舗と競わない地方・中山間地域の商業の空白を埋めるビジネスを考える必要がある。
顧客の密度が低い地域でも経営が成り立つ方法として考えられるのが、高コスト(大規模な設備投資とマーケティング)でも大量の集客とさまざまな収益源で利益を生み出せる大型店舗とは異なる
“低コストで効率が良いビジネスモデル”
この観点から、受講生は株式会社とくし丸のビジネスモデルを考察した。
株式会社とくし丸
2012年創業。本社は徳島県徳島市。過疎地で暮らす高齢者「買い物難民」に食品や日用品を届ける移動スーパー「とくし丸」を運営。2016年にオイシックス・ラ・大地の子会社となる。現在は1,000台以上の移動スーパーが、47都道府県で活躍する
https://www.tokushimaru.jp/上記のようにとくし丸は軽トラックを活用した移動スーパーは個人事業主が販売パートナーとなり、「とくし丸」の本部から販売ノウハウを学んだ上で、地元のスーパーと提携して販売を行う。
とくし丸本部と販売パートナー、地域のスーパーマーケットが連携して運営することで、リスクが分散され、低いコストで利益を出すことができる仕組みになっている。
とくし丸の低コストで効率が良いビジネスとは
固定費を極力小さくする。
とくし丸本部の場合、ビジネス・ノウハウを開発するためにかかった固定費を、提携先の地元スーパーマーケットが活用する販売パートナーの車の台数に少額課金し、多くの販売車両を全国に多数走らせることで回収するビジネスモデル。車両数が増えるほど、一台あたりに按分される開発のコストが下がり、少額課金でも事業成立できるようになる。そして一定台数を超えると損益分岐点を超えるので、利益率が高まる仕組みとなっている。またスーパーと連携することによって、取扱商品の購買・調達や加工および在庫の機能を持つ必要がなく、当然倉庫も不要である。さらに販売車は販売パートナーが購入し、自分たちは用意しないのでこの分に関しても固定費はかからない。
在庫や設備を「持たない」か「最小限に抑える」
販売パートナーである個人事業主は車両のみを購入するので、固定費は基本形にこれだけとなる。提携先のスーパーから商品を提供してもらえるため商品などの仕入れや加工機能を保有する必要はなく、ブランドや販売のノウハウはとくし丸から提供されるので新たに自分で開発することもない。これにより販売パートナーは車両のみの固定費の負担で済むこととなっている。
地元のスーパーマーケットは、とくし丸を活用して販売エリアを広げる際に、土地・店舗や移動販売するための車を持つ必要がなく、ここでも固定費が最小に抑えられる。リスクとしては販売パートナーが販売できなかった返品を引き受けること、すなわち売れ残りリスクを負う。一方でその地域でどのような商品が求められているかに関するデータが得られる。
すでにあるスキルや資産を活用して初期投資を下げる
このように3者で提携し、すでにあるスキルや資産を活用することで、それぞれの固定費やリスクを分散させることができ、極めて低い水準にとどめることを可能としている。これは中山間地域や都会に住む買い物難民といった一定エリア内おいて数が少ない顧客に対し、移動販売という個別対応を行うサービス提供するうえで最も重要なことの一つであると考えられる。
【STUDY TALK〜受講生の視点 ✕ 担当教員の分析】
岡部:とくし丸の事例はビジネスモデルとして、5年ぐらい前から知っていたんですが、今回の講義を通して、社会構造を捉え歴史分析を行ったうえで創業し事業を組み立てていくことが、事業をより高い成果につながるのだと改めてわかりました。
内田教授:とくし丸は、経営学の基本的なところでもある、コスト構造を下げていく発想です。そもそも地方と都会というのは、歴史的に都会の方に近代産業が生まれるような投資がなされ、地方と生産性の格差が生まれてしまった。しかも少子高齢化という問題も抱えている。中山間地域における買い物難民問題は、この現状を乗り越えるために、コスト構造の低いビジネスををどうやって作っていくのか、どのようにビジネスモデルを組んでいくのか、といった経営学の知識も必要になります。
石原:「とくし丸」の事例は、ビジネスモデルとして秀逸であるだけでなく、売る人と買う人の一対一の関わりによって情緒的なサポートをかなえていることも価値になっているのでは、という京都文教大学の受講生の方の発言がありました。確かにこれもとくし丸が成功した理由のひとつかなと思います。
内田教授:さまざまな不安を抱える人がこういう状況に置かれた時の心理状態、それがどのように表れてくるのかといったことを考えるのは、臨床心理を学ぶ京都文教大学の受講生ならではだと思います。対策を考えていくには、一人一人の事情や思いに寄り添っていくことも大切です。困っている人たちがどんな不安や悩み苦しみを抱えているのか、どうすれば心穏やかに、幸せに暮らしていけるのか。臨床心理の知見があると、さらに良い解決策が生まれてきます。これは買い物難民解決の他の方法、例えば買い物代行サービスや他事業者がとくし丸と同様の事業を始めた際には、重要な差別化要因ともなります。ただ、あらゆる方向からのケアを実現するには、コストがかかるので、コスト対策もきちんと考えなければならない。経営学および心理学などの多様な学際的な観点から、社会課題を解決するイノベーティブなサービスを提供するにはどうすればいいのか計画していくことも、ソーシャル・イノベーションにおいて重要なことだと思います。
STEP3
なぜ「とくし丸」は成功したのか。
「とくし丸」のビジネスモデルのソーシャル・イノベ-ションとしての革新性は、年金暮らしなど金銭面での不安を抱える高齢者の買い物問題を解決しつつ、本部と個人事業主である販売員、地域スーパーとの連携や組織化により、リスク分散と収益確保を実現したことにある。このシステムの成功は、深刻な少子高齢化と独居化、郊外型の大型店舗の台頭、公共交通や個人商店の衰退など、買い物難民を生まざるを得なかった地方・中山間地域の本質的な問題を理解し、そのうえで低コストでのビジネスモデルを構築した結果に他ならない。
誰がなぜ困っているのか、困っている人をどのようにして助け、それを維持していくか。ソーシャル・イノベーションとしてのビジネスを考える時は“それぞれの社会課題を取り巻く構造を包括的視点で捉え、そのうえでより効果的・効率的かつ持続可能なモデルを構築すること”が鍵となる。
【STUDY TALK〜受講生の視点 ✕ 担当教員の分析】
石原:福祉施設の職員としてはビジネスに直結して考える機会があまりなく、既存の制度でどういう福祉サービスを提供できるかといった範囲で考えるのがこれまででした。しかし、今はいろんなところに目を向けて勉強しなければと感じています。障がい者の方に支援学校で勉強してもらうとか、内職作業に携わってもらうといったことだけではなくて、例えば「障がい者アート」。障がい者の方のアーティストとしての強みを見て、それを社会で価値を生むような作品や商品にしていく。結果として、障がい者の社会的な認知度を高め、自立した生活を送れるような収入・待遇面に改善する、そんな変化を生み出すことを考えるようになりました。もちろん福祉業界だけでは難しいと思うので、他の業界やこのプログラムでつながった皆さんと連携をしながら、より良いソーシャル・イノベーションをおこしていきたいですね。
岡部:私は中小企業診断士として事業者の方々とビジネスを考える際、「社会課題を解決できるような事業にしていきましょう」といったことをお話するんです。その時、なぜ社会課題の解決が必要なのか、どうすれば持続可能なビジネスにつながるのか、事業にとって最も大切な部分を、多角的かつ複合的に分析して提示することができれば、事業者の方々にご自身のビジネスの意義をより感じていただけるのではと思っています。ミッションやビジョン、バリューを一緒に作っていく時も、事業者ご自身にやりたいことを認識していただく時も、助言に深みが増しますしね。そのためにも表面的なことだけではなくて、常にその奥にあるものをきちんと考えようとする習慣をしっかりとつけ、学びを深めていきたいと思っています。
石原:「とくし丸」の事例は、ビジネスモデルとして秀逸であるだけでなく、売る人と買う人の一対一の関わりによって情緒的なサポートをかなえていることも価値になっているのでは、という京都文教大学の受講生の方の発言がありました。確かにこれもとくし丸が成功した理由のひとつかなと思います。
内田教授: 歴史分析による現在の社会構造が形成された経緯、問題発生の原因の理解、さらに現在と過去の比較を通じて、また都市と地域、違う地域などの地域間の比較分析によって課題の背景や構造を相対化していく。ここがソーシャル・イノベーションを考えるときに、一つのポイントになってきます。石原さんがおっしゃった障がい者の問題も一人一人の能力を伸ばして社会に価値付けるだけでなく、その人たちがどうやったら喜びを持って暮らしていけるようになるのか、ここの知見がないと本当の解決策にならない。だからこそ、岡部さんがおっしゃるようにこの授業を通じて分析を習慣化し、一人一人の問題をきちんと社会の問題として認識できるようになってもらえるとうれしいですね。