今井町フィールドスタディ
今井町とは
中世末期、浄土真宗本願寺系寺院を中心とする寺内町(じないまち)として成立し、戦国期に環濠で守られた自治的な町として発展。江戸中期には南大和地方の商業の中心地となり、「大和の金は今井に七分」といわれるほど繁栄した。
第二次世界大戦後の1955年、建築史家・伊藤ていじを中心に東京大学工学部建築学科が今井町の町屋に着目。倒壊寸前だった今西家が1957年に国の重要文化財に指定され、町並み保存運動がスタートする。当初は生活環境の近代化を求める住民からの反対が強かったが、次第に保存運動が浸透し、1968年に「今井町を保存する会」が発足。また1960年代に持ち上がった今井町の中心を貫く都市計画道路計画も、今井の町並みを守るため今井町を迂回させる道路にすることで決着した。
1993年には「重要伝統的建造物群保存地区(以下:重伝建地区)」に指定。文化庁などは今井町を重要伝統的建造物群保存地区第一号に選定する予定だったが、家屋の改築などが制限されると住民から賛同が得られず、選定まで30年を要した。現在も500軒もの町家が連なり、江戸時代の姿がそのまま残されている。その一方で、近年は空き家が目立っていることから、全国に先駆けてNPOなどを立ち上げ空き家対策に懸命に取り組んでいる。
8月2日(日)地域リーダーシップ研究 フィールドスタディ当日の流れ
【畝傍駅】
フィールドスタディは戦前の寺社風建築の雰囲気を残し、昭和天皇も利用した貴賓室が残るJR万葉まほろば線・畝傍駅舎からスタート。今回、講師としてお招きした「JR畝傍駅舎の保全活用を進める会」の米村博昭氏から畝傍駅舎保存活用への道のりを伺った。
畝傍駅の駅舎はJR西が乗降客の減少やコスト削減を理由に各地の駅舎のコンパクト化を進めるにあたり、同駅も対象としたが、歴史的に由緒あることから2017年に駅舎の無償譲渡を市に提案。市は民間事業者による活用を検討したが、コロナ禍もありいったんは断念。しかし、畝傍駅舎保存活用を訴え米村さんらが2022年6月「JR畝傍駅舎の保全活用を進める会」を設立。
JR側に改めて打診し、了承された。JR畝傍駅舎及び駅周辺の活用について、駅舎活用プランを募集し、最優秀提案者である香芝市の設計業者と提出された提案書をもとに協議・交渉を進めた結果、事業化に合意。市は「現在の姿で後世に残し、持続可能な形で活用したい」とし、2028年ごろの事業化を目指す。
【昼食】
橿原市の文化財に指定されている築約150年以上の古民家をセルフリノベーションしたCafe『Hackberry』は今井町古民家カフェの先駆的存在。
昼食のあと『Hackberry』のオーナーである成田弘樹さんが今井町で開業した経緯や重伝建地区ならではの魅力について急遽、ミニ講義。
【今井まちなみ交流センター「華甍(はないらか)」】
1903年に高市郡教育博物館として建設、その後今井町役場にも使用され、現在は今井町の資料館として活用されている今井まちなみ交流センター「華甍」へ移動。
会議室として貸し出しされている2階の会議室で米村さんが今井町の歴史やまちの概要などについて講義を行った。
【今井町・まちなみ】
講義のあとは、実際に今井町の町中へ移動。
今井町地区内の無電柱化・電線地中化整備率は約 76%。電柱をなくし電線を地中に引き込むことによって、景観保全だけでなく、道路幅が狭いまちの中に緊急車両の進入もスムーズになった。
【称念寺】
室町時代末期、今井町の中核となった寺院で、寺内町としての形成、発展を支える町政全般の拠点となった。
中世期末の時代から、本願寺の証如上人 蓮如上人の末子実従、さらに顕如上人らが投宿。さらに明治10年には明治天皇が投宿したと伝えられている。
本堂は、解体修理に発見された「肘木」という部材に書かれた文字から、寛永18年(1641)頃に建立されたことが判明。2022年に創設当時の面影を残して復元された。
今井 慶子住職が歴史的背景や建物について説明。
【今西家住宅】
代々、惣年寄筆頭を務めた家。今井町最古の建物で、国指定の重要文化財。
もとは河合と名乗っていたが、大阪夏の陣の際に今井町の西端を守ったことから郡山城主松平忠明から「今西」を名乗るようにすすめられて改名。
外観は「八つ棟造り」と呼ばれ、白漆喰塗籠、入り母屋造りの破風を前後喰違いに見せた本瓦葺が城郭を思わせる。
学生が座っている内部の広い土間は「お白洲(裁きの場)」としても使われ、罪人を閉じ込めた「いぶし牢」も残る。
力強く組まれた太い梁。しかし昭和に入り、新しく入れた白い梁は、阪神・淡路大震災の揺れでひびが入ったが、昔からのはりはビクともしなかったという。
【中町筋生活広場】
80トンの耐震性防火水槽を埋設するなど初期消火および災害時の救援などの防災拠点の役割をそなえ、便所、休憩施設、防災倉庫を設置した防災小屋。建物周囲は「井戸」を想定した生活広場として開放。
【建物見学】
1772年に酒造業を営んでいたと文書にも残されている今井町で現存する唯一の酒蔵や無料開放されている旧米谷家などを見学。
【振り返り・講義】
今井町見学後は再び今井まちなみ交流センター「華甍」に戻り、米村さんが再び講義。
現在、今井町で課題となっている「空き家・空き地問題」を取り上げ、この問題を解決するには空き家バンクや移住支援制度など新規住民を受け入れるだけでなく、事務所や店舗、宿泊施設、福祉関連施設、ドラマや映画などのロケ地誘致など、活用の多様性が不可欠であると締めくくった。
地域リーダーシップ研究 「成果発表会」
10月2日、8月2日の今井町周辺地域フィールドスタディと8月1日に行われた2名のゲスト講師による講義の成果発表会を実施。受講生のコメント、担当教員の服部圭郎教授、今里佳奈子教授、湯浅孝康准教授のコメントを紹介する。
「今井町周辺地域フィールドスタディ」
受講生コメント
- 何十年以上かけて地域住民と丁寧に合意形成をしていくプロセスは、どこの自治体も見習うべきだと感じた。また今井町は、昔から住んでいる人だけでなく、新しく来た人、未来を担う子どもたちも含めて、合意をして決めていくことを自分たちのアイデンティティとして受け継いでいくのではと思う。
- 今井町というまちが、想像していた以上のストーリーを抱えつつ現存していることに驚いた。さらに、町全体で空き家を再生するプロジェクトを打ち上げるなで未来への取り組みも行っており、過去から今、今から未来につながっていくという流れを感じた。
- 空き家と移住者のマッチングをする際に米村さんたちが面談したり、今西家では「住居スペース立ち入り禁止の看板は風情がない」と石に紐を巻いたもので代用したり、住民が意識的にまちを守っていることが印象的だった。またハックルベリーの成田さんの「商売人はお客さんを追っていくだけではなく治安や住民の生活の影響を配慮して共存すべき」という言葉から、今井町に関わるすべての方がこの地域に理解があるからこそ成り立っていると感じた。
- 重要文化財の建物や地域センターなど貴重な建物に入れたのはフィールドスタディだからこそ。今井町の価値を感じることはできたが、歴史ある今井町とは相反するゲームのキャラクターのポスターが駅や駅からの道中にあふれていたのは少し残念。町の活性化策についてはもっと議論しても良いのではと感じた。
- 学部生時代、最初にゼミで取り組んだのが、畝傍駅の活用の提案だったので縁を感じた。今井町はこんなに広いエリアに並みが残っていることに驚きを感じ、重伝建指定までの道のりも、簡単に行かず、いろんな議論があったことを知れて良かった。
担当教員:服部圭郎教授コメント
「重要伝統的建造物群保存地区」という街並みを保全するための制度は、今井町のために作られたと言われるぐらいなのですが、住民の意見が統一されず、創設当初は指定が見送られることになりました。それでも数十年後に指定に至ったのですが、ここで一番重要なのは、上が決めたのではなく、住民との対話を繰り返し、そのうえで住民、コミュニティが保全の道を選んだということ。その経緯と現状を、現地に足を運び、体験的に知っていただきたいと思いから、昨年度の「地域リーダーシップ研究」では行わなかったフィールドスタディを実施しました。今井町や畝傍駅の保全に尽力してきたNPO の代表であり、僕の研究室の卒業生もある米村さんが、講師を快く引き受けてくれたのも本当にありがたかったです。
当日は、本当に暑くて皆さん大変だったとは思いますけれども、実際にその場に行っていろいろな方たちとお話をし、いろいろな空気を感じることで、立体的な学びができたのではないでしょうか。こういう経験を受講生みんなで一緒にできたっていうのはすごく大事だったと私自身感じているので、今後も現場で学べる機会を用意してきたいと思っています。
京都市総合企画局都市経営戦略室戦略マネジメント課長葉山和則氏講演
受講生コメント
- パークアップ事業などなかなか気がつかないことを、やってみようというチャレンジ精神がすごい。
- 公務員という枠にとらわれず、やりたいことにエネルギーを注いで発信し、市民を巻き込んでいく力が素晴らしいと感じた。
- 学部生時代の深尾教授の授業で、街づくりや協働において変化を求めるなら「まず自分が変人になれ」とおっしゃっていたのを思い出した。葉山さんは考え方の柔らかさや臨機応変さ、現状を楽しんだ中で何か見つける発想がすごい。自分も今後、こういうふうになれたらいいなと思えた。
- 行政は制限することばかりというイメージだったが、地域の権利に目を向け、さまざまなプロジェクトによって社会貢献をしながら地域を育てていると感じた。また「千年千人プロジェクト」は行政の中ではなく実際街に出て本音を拾い、いろんな視点から意見を集めている点に驚き。街で論文の序章を書いているみたいだなと感じ、すごく印象に残った。
- 「京都基本構想」は難しい言葉が多く、具体的に書かれていることも書かれていないので、最初はとまどったが、だからこそ考える場となり、自分事として対話するきっかけになると感じた。
担当教員:湯浅孝康准教授コメント
葉山さんは民間企業から市役所に転職し、広報の時代は市民新聞の改革を行った方。せっかくお話しいただくなら公務員然とした方ではない方が興味を持っていただけるのではないかと、講義をお願いしました。
今回の講義のキーワードは“京都市”という地域だったのですが、葉山さんからは京都市の基本構想という広い大きな視点と、地域の公園のパークアップ事業というちょっと小さな視点と両方をお話いただけたのが面白かったのではないかと思います。これからの課題としては葉山さんのような人をどう増やしていくのかということ。受講生からの感想コメントで“対話”と言葉が出た通り、対話は新しいものが生まれるきっかけにもなりますし、深刻な問題も対話によって乗り越えられることもあります。ぜひどんどん動いて、いろんな人と対話し、新しいことを生み出せる人になって欲しいと思います。
東京都杉並区長 岸本聡子氏講演
受講生コメント
- どんな逆境にも負けずと取り組んでいく姿勢と、柔軟的な考え方を持ってらっしゃるところが、同じ女性としてすごく刺激を受けた。
- 海外でいろんなことを経験され、その中で感じられたことを素直に言葉にする、これはおかしいと思うよというのを諦めずに発信する姿勢に共感でき、励みになった。
- 岸本さんの優しいフランクな感じが印象的だった。区民との対話の中でも、身近に感じるから支持されるのではと感じた。
- 本来区長と市民や地域住民との間には壁があるものだが、岸本さんは対応がソフトで、巻き込み方も面白い。そこがとても勉強になった。
- 区民との対話の場を実際に設けて、それが実際に形になってきているところがいい事例だと感じた。また大人だけでなく、子どもたち自身がまちを作っていく場を提供していることに驚いた。
担当教員:今里佳奈子教授コメント
岸本区長には新しいリーダーシップ像を提示していただけるのではないかと思い、今回お招きしました。今は、大きくいろいろな変化が起こっている時代。成長を拡大していた時代から縮小の時代へというのもありますし、その中でいろいろな社会課題が山積しているなっていうこともあります。そういう中で、岸本さんは公共空間を見直し、いろいろな政策問題をリフレーミングして、政策課題を設定する。自治体という現場で市民自治を大切にしながら、対話の育成によって実現しておられます。
対話を掲げながら、いろんな方を巻き込むというのは一見簡単だけれども、実際にやるのはすごく難しいものです。にも関わらず岸本さんは自治体の現場で、生活と政治を結びつけながら、アップデートできるということを信念として持ち、毎日、職員の方、市民の方にも働きかけていらっしゃる。二期目となる今年、ダブルスコアで当選されたのも、信念の中にある民主主義が、市民の皆さんの心に響いたのだろうと思っています。ぜひ皆さんにも、新しいリーダーのかたちとして参考にしていただければと思います。
授業紹介
地域リーダーシップ研究
〜地域主体形成の動的構造とリーダーシップ〜
地域社会を、そこで暮らし、生活する人々にとって豊かなものにするには、地域社会の資源を見極める、価値へと高めることが必要となる。それを実践するうえで、特に重要なのはシナリオづくりやプロジェクト、さらにプロジェクトを具体化するための組織づくりである。その組織に欠かせないのが指揮をとるリーダーの存在だ。本講義においては、上記のような地域の豊かさを顕在化させるシナリオを描き、プロジェクトをつくり、その実践組織を体系化した自治体やNPO、社会的企業のリーダー(組織的なトップである首長に限定しない)をゲスト講師として招聘し、講演とディスカッションを実施。さらに地域主体形成を実践する地域でフィールドワークを行うなど、リアルな事例を通じて地域社会を豊かにさせるための方法論を考える。
8月2日(日)、「地域リーダーシップ研究」初の試みとして、服部圭郎教授による奈良県橿原市今井町周辺地域フィールドスタディと講師(米村博昭氏)の講演会を実施。フィールドスタディには受講生20名全員が参加した。
今井町フィールドスタディ
今井町とは
中世末期、浄土真宗本願寺系寺院を中心とする寺内町(じないまち)として成立し、戦国期に環濠で守られた自治的な町として発展。江戸中期には南大和地方の商業の中心地となり、「大和の金は今井に七分」といわれるほど繁栄した。
第二次世界大戦後の1955年、建築史家・伊藤ていじを中心に東京大学工学部建築学科が今井町の町屋に着目。倒壊寸前だった今西家が1957年に国の重要文化財に指定され、町並み保存運動がスタートする。当初は生活環境の近代化を求める住民からの反対が強かったが、次第に保存運動が浸透し、1968年に「今井町を保存する会」が発足。また1960年代に持ち上がった今井町の中心を貫く都市計画道路計画も、今井の町並みを守るため今井町を迂回させる道路にすることで決着した。
1993年には「重要伝統的建造物群保存地区(以下:重伝建地区)」に指定。文化庁などは今井町を重要伝統的建造物群保存地区第一号に選定する予定だったが、家屋の改築などが制限されると住民から賛同が得られず、選定まで30年を要した。現在も500軒もの町家が連なり、江戸時代の姿がそのまま残されている。その一方で、近年は空き家が目立っていることから、全国に先駆けてNPOなどを立ち上げ空き家対策に懸命に取り組んでいる。
8月2日(日)地域リーダーシップ研究 フィールドスタディ当日の流れ
【畝傍駅】
フィールドスタディは戦前の寺社風建築の雰囲気を残し、昭和天皇も利用した貴賓室が残るJR万葉まほろば線・畝傍駅舎からスタート。今回、講師としてお招きした「JR畝傍駅舎の保全活用を進める会」の米村博昭氏から畝傍駅舎保存活用への道のりを伺った。
畝傍駅の駅舎はJR西が乗降客の減少やコスト削減を理由に各地の駅舎のコンパクト化を進めるにあたり、同駅も対象としたが、歴史的に由緒あることから2017年に駅舎の無償譲渡を市に提案。市は民間事業者による活用を検討したが、コロナ禍もありいったんは断念。しかし、畝傍駅舎保存活用を訴え米村さんらが2022年6月「JR畝傍駅舎の保全活用を進める会」を設立。
JR側に改めて打診し、了承された。JR畝傍駅舎及び駅周辺の活用について、駅舎活用プランを募集し、最優秀提案者である香芝市の設計業者と提出された提案書をもとに協議・交渉を進めた結果、事業化に合意。市は「現在の姿で後世に残し、持続可能な形で活用したい」とし、2028年ごろの事業化を目指す。
【昼食】
橿原市の文化財に指定されている築約150年以上の古民家をセルフリノベーションしたCafe『Hackberry』は今井町古民家カフェの先駆的存在。
昼食のあと『Hackberry』のオーナーである成田弘樹さんが今井町で開業した経緯や重伝建地区ならではの魅力について急遽、ミニ講義。
【今井まちなみ交流センター「華甍(はないらか)」】
1903年に高市郡教育博物館として建設、その後今井町役場にも使用され、現在は今井町の資料館として活用されている今井まちなみ交流センター「華甍」へ移動。
会議室として貸し出しされている2階の会議室で米村さんが今井町の歴史やまちの概要などについて講義を行った。
【今井町・まちなみ】
講義のあとは、実際に今井町の町中へ移動。
今井町地区内の無電柱化・電線地中化整備率は約 76%。電柱をなくし電線を地中に引き込むことによって、景観保全だけでなく、道路幅が狭いまちの中に緊急車両の進入もスムーズになった。
【称念寺】
室町時代末期、今井町の中核となった寺院で、寺内町としての形成、発展を支える町政全般の拠点となった。
中世期末の時代から、本願寺の証如上人 蓮如上人の末子実従、さらに顕如上人らが投宿。さらに明治10年には明治天皇が投宿したと伝えられている。
本堂は、解体修理に発見された「肘木」という部材に書かれた文字から、寛永18年(1641)頃に建立されたことが判明。2022年に創設当時の面影を残して復元された。
今井 慶子住職が歴史的背景や建物について説明。
【今西家住宅】
代々、惣年寄筆頭を務めた家。今井町最古の建物で、国指定の重要文化財。
もとは河合と名乗っていたが、大阪夏の陣の際に今井町の西端を守ったことから郡山城主松平忠明から「今西」を名乗るようにすすめられて改名。
外観は「八つ棟造り」と呼ばれ、白漆喰塗籠、入り母屋造りの破風を前後喰違いに見せた本瓦葺が城郭を思わせる。
学生が座っている内部の広い土間は「お白洲(裁きの場)」としても使われ、罪人を閉じ込めた「いぶし牢」も残る。
力強く組まれた太い梁。しかし昭和に入り、新しく入れた白い梁は、阪神・淡路大震災の揺れでひびが入ったが、昔からのはりはビクともしなかったという。
【中町筋生活広場】
80トンの耐震性防火水槽を埋設するなど初期消火および災害時の救援などの防災拠点の役割をそなえ、便所、休憩施設、防災倉庫を設置した防災小屋。建物周囲は「井戸」を想定した生活広場として開放。
【建物見学】
1772年に酒造業を営んでいたと文書にも残されている今井町で現存する唯一の酒蔵や無料開放されている旧米谷家などを見学。
【振り返り・講義】
今井町見学後は再び今井まちなみ交流センター「華甍」に戻り、米村さんが再び講義。
現在、今井町で課題となっている「空き家・空き地問題」を取り上げ、この問題を解決するには空き家バンクや移住支援制度など新規住民を受け入れるだけでなく、事務所や店舗、宿泊施設、福祉関連施設、ドラマや映画などのロケ地誘致など、活用の多様性が不可欠であると締めくくった。
地域リーダーシップ研究 「成果発表会」
10月2日、8月2日の今井町周辺地域フィールドスタディと8月1日に行われた2名のゲスト講師による講義の成果発表会を実施。受講生のコメント、担当教員の服部圭郎教授、今里佳奈子教授、湯浅孝康准教授のコメントを紹介する。
「今井町周辺地域フィールドスタディ」
受講生コメント
担当教員:服部圭郎教授コメント
「重要伝統的建造物群保存地区」という街並みを保全するための制度は、今井町のために作られたと言われるぐらいなのですが、住民の意見が統一されず、創設当初は指定が見送られることになりました。それでも数十年後に指定に至ったのですが、ここで一番重要なのは、上が決めたのではなく、住民との対話を繰り返し、そのうえで住民、コミュニティが保全の道を選んだということ。その経緯と現状を、現地に足を運び、体験的に知っていただきたいと思いから、昨年度の「地域リーダーシップ研究」では行わなかったフィールドスタディを実施しました。今井町や畝傍駅の保全に尽力してきたNPO の代表であり、僕の研究室の卒業生もある米村さんが、講師を快く引き受けてくれたのも本当にありがたかったです。
当日は、本当に暑くて皆さん大変だったとは思いますけれども、実際にその場に行っていろいろな方たちとお話をし、いろいろな空気を感じることで、立体的な学びができたのではないでしょうか。こういう経験を受講生みんなで一緒にできたっていうのはすごく大事だったと私自身感じているので、今後も現場で学べる機会を用意してきたいと思っています。
京都市総合企画局都市経営戦略室戦略マネジメント課長葉山和則氏講演
受講生コメント
担当教員:湯浅孝康准教授コメント
葉山さんは民間企業から市役所に転職し、広報の時代は市民新聞の改革を行った方。せっかくお話しいただくなら公務員然とした方ではない方が興味を持っていただけるのではないかと、講義をお願いしました。
今回の講義のキーワードは“京都市”という地域だったのですが、葉山さんからは京都市の基本構想という広い大きな視点と、地域の公園のパークアップ事業というちょっと小さな視点と両方をお話いただけたのが面白かったのではないかと思います。これからの課題としては葉山さんのような人をどう増やしていくのかということ。受講生からの感想コメントで“対話”と言葉が出た通り、対話は新しいものが生まれるきっかけにもなりますし、深刻な問題も対話によって乗り越えられることもあります。ぜひどんどん動いて、いろんな人と対話し、新しいことを生み出せる人になって欲しいと思います。
東京都杉並区長 岸本聡子氏講演
受講生コメント
担当教員:今里佳奈子教授コメント
岸本区長には新しいリーダーシップ像を提示していただけるのではないかと思い、今回お招きしました。今は、大きくいろいろな変化が起こっている時代。成長を拡大していた時代から縮小の時代へというのもありますし、その中でいろいろな社会課題が山積しているなっていうこともあります。そういう中で、岸本さんは公共空間を見直し、いろいろな政策問題をリフレーミングして、政策課題を設定する。自治体という現場で市民自治を大切にしながら、対話の育成によって実現しておられます。
対話を掲げながら、いろんな方を巻き込むというのは一見簡単だけれども、実際にやるのはすごく難しいものです。にも関わらず岸本さんは自治体の現場で、生活と政治を結びつけながら、アップデートできるということを信念として持ち、毎日、職員の方、市民の方にも働きかけていらっしゃる。二期目となる今年、ダブルスコアで当選されたのも、信念の中にある民主主義が、市民の皆さんの心に響いたのだろうと思っています。ぜひ皆さんにも、新しいリーダーのかたちとして参考にしていただければと思います。